「足るを知る」の難しさ

水瀬ケンイチ

以前、「年収650万円以上だと幸福感は収入に比例しない?」というブログ記事を書きました。
これは、稼げば稼ぐほどハッピーになれるのは世帯年収約631万円までで、それ以上だと幸福感は収入に比例しない、という内容でした。

この記事に対していくつかのコメントをいただき、私も返信を書きましたが、

>>どうやら「他人を気にしない」「足るを知る」などができると幸福に近づけるのかもしれませんね

なんて知ったようなことを書いたところ、hinoさんから鋭い再コメントをいただきました。
それがとても含蓄があり、且つ分かりやすかったので、あらためて記事で取り上げさせていただきたいと思います。(ご本人了承済み)



--- 以下、hinoさんのコメント ---

「足るを知る」の難しさ(雑文)

>水瀬さんへ

古来より「足るを知る」事が尊ばれるのは、その行いが希少で難しいからだと思います。

なぜ難しいかというと、人間の脳の機能が、「絶対評価」(=自分基準で満足→足るを知る)より、「相対評価」(=隣の人と比較しないと評価できない→優越感、嫉妬心)を得意とするからだと思います。(きっと、原始時代のご先祖様は、モノの価値を図るのに、真の価値(絶対評価)を測るのは難しいので、近似だけれどもお手軽に測れる手近なモノと比較・評価する方法(相対評価)を多用していたのでしょう)

そんな「足るを知る」なんて希少で難しい(=非人間的な)行いが出来る人は、「賢者」なんて呼ばれて人里離れた山奥に1人で暮らしていたりする訳ですが、邪推すると、実は脳の「相対評価」機能の働きを抑える為に、意図的に辺ぴな場所(=周りに比較対照物が無い)に住んでるんじゃないかと思う訳です。(でも、これってダイエットする為に、身の回りにお菓子を置かないようにする女子高生と行動パターンが同じ気がするのは気のせい?)

逆に、もし人間が相対評価を行わず、絶対評価が得意で足るを知る術を身に付けていたとしたら…、おそらくローマ時代あたりで満足して、人間の進歩は止まってるんじゃなかろうか?と思う訳です。絶対評価より相対評価が得意な人間は、嫉妬深く、貪欲で、常に足る事を知らない為に、豊かな現代社会に(運良く)たどり着いたのではないかと夢想する次第です。(今後発展する新興国の人達も、原動力はきっと同じでしょう)

…また、中二病的な長文を書いてしまった。恥ずかしい。

--- 以上、ここまで ---

「他人を気にしない」「足るを知る」というのはよく言われることですが、実際は難しいことです。
自分も心がけてはいるつもりですが、なかなか実践できていません。
その理由を、脳の働き、原始時代の生活、賢者の住まい、人類の進歩にまで絡めて、分かりやすく考察してくれていました。

東京はいま雪が降っており、予報によると週末まで続くようです。
外出しづらい天気ですので、たまには自分のなかの「幸福」や「足るを知る」について、じっくり思いをめぐらせてみるよいチャンスかもしれません。
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Posted by水瀬ケンイチ