地下鉄の恐怖

水瀬ケンイチ

今日の会社帰りの出来事。

地下鉄で、僕はいつものように吊り革につかまって立っていました。
そして、僕の斜め前には、いかにも疲れた様子の中年男性が席に座っていました。
彼は両手でケータイを持って、ずっと画面を凝視していました。

(いったい何を見ているんだろう?)

僕はちょっと気になりました。
その時、彼が腕を下げ、ちらりとケータイ画面が見えました。

ケータイ画面には、ストップウォッチが素早く時間を刻んでいました。
ケータイでストップウォッチなんて、初めて見ました。

(それにしても、地下鉄の中でストップウォッチを見て、いったい何が楽しいんだろう?)

その時は、変なおっさんだなぁくらいにしか思いませんでした。

しかし、3分、5分、7分。
彼は、相変わらず画面を睨みつけたまま、微動だにしません。
その額には、うっすら汗をかいています。
心なしか、息遣いが荒いような気がします。

(なにか、おかしい)

いくらなんでも変です。
僕は気味が悪くなってきました。

(!!)

彼の膝の上に乗った、ナイロン製の黒い鞄が目に留まりました。
その鞄は、書類を入れるには小さく、セカンドバッグよりは大きい。
ちょうど、ウェストポーチを少し大きくしたような、中途半端な大きさです。
そして、中央が大きく盛り上がっています。

(あの中に、入っているのは、まさか……)

彼の手の中のストップウォッチは、9分を少し回ったところだったと思います。
その時、彼が額の汗を手で拭い、震える息で深呼吸をしたのです。
僕は直感しました。あれは、きっとそうだ。

次の駅は僕が降りる駅です。
あとわずかの時間で到着するはずです。
しかし、彼の手の中のストップウォッチは、あと数十秒で、ジャスト10分になることを示しています。

(早く、早く着いてくれ!!)

僕は心の中で激しく祈りました。
あと、20秒……15秒……10秒……5秒、4秒、3秒、、、
そこで、扉が開きました。
僕は走るように地下鉄を飛び降りました。








ニュースを見る限り、今夜、東京で爆破テロの類は報道されていません。
僕は声を大にして言いたい。

おっさん、紛らわしいんじゃぁぁっ!!!
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Posted by水瀬ケンイチ