将来の日本をぼんやりと予想してみる

水瀬ケンイチ

相互リンク先のmasaさんのブログ「貯金生活。投資生活。」に、「団塊世代も格差あり」という記事が出ています。

詳しくはmasaさんの記事をご覧いただきたいのですが、それによると、団塊世代のほぼ半数が、金融資産がゼロから500万円未満だというのです。
サンプル数が751といいますから、団塊世代全体の傾向を捉えきれているかは少々疑問ですが、それを差し引いても、僕にはちょっと驚きのデータでした。
それでも、彼らは「年金逃げ切り世代」ですから、金融資産500万円以下でも、定年後は、まだ年金で何とかなるのかもしれません。

では、現在30代前半である僕が定年する頃には、どうなっているのでしょう。
ぼんやりと予想してみました。

おそらく、少子高齢化の影響で、年金の給付水準は今よりもずっと低いと思われます。ざっくり半分くらいでしょうか(根拠なし)。
定年時に、金融資産が500万円以下しかないようだと、数年で、普通に暮らしていくこともできなくなってしまうと思います。

仕方がないので、国の生活保護のお世話に、ということになると思います。こうして、生活保護者は急増するでしょう。

しかしながら、その頃は、人口減少などにより、国の税収も落ちていることが予想されます。
生活保護者の数が増えすぎると、財政が破綻してしまいかねません。

いくら「健康で文化的な最低限度の生活を!」と叫んでみたところで、国もない袖は振れないでしょうから、生活保護の認定は、主に健康面の条件を厳しくして「ここまで」と線を引くでしょう。高齢であるとか、周囲に援助者がいないとか、多少からだが不自由というレベルでは、なかなか認定が下りなくなるかもしれません。

結局、どうなってしまうのか?


仕方がないので、死ぬまで働くということになると思います。

将来、お年寄りが裕福であるかそうでないかは、今みたいに、家やクルマの大きさや海外旅行ができるかどうか、というレベルではなく、リタイアできるかリタイアできないか、で判別されるようになるのではないかと、個人的には予想しています。

まぁ、もともと日本には、良くも悪くも、働くことを美徳とする文化がありますし、お年寄りが元気に働く国というのも、それはそれで、格差感が目立たず、日本的で良いのかもしれません。
もっとも、健康を害してしまえば、働くこともできませんから、その時は……寒々しい想像が頭をよぎります。

我ながら、もうちょっとマシな将来が想定できないのかとも思います。
将来のことは誰にも分かりませんから、もしかしたら、労働生産性や出生率が向上して、もっと楽観的なシナリオが実現しているかもしれません。

しかしながら、自分では何も準備してこなかった人でも、国がなんとかしてくれて、将来みんなでそれなりの暮らしができるはずというのは、もはや高度成長時代の幻想になってしまったのではないでしょうか。
お金にしても、健康にしても、若いうちから自分で準備をしておきたい。
masaさんの記事を見てそう思いました。
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Posted by水瀬ケンイチ