自分のDNAを残したい

水瀬ケンイチ

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先日、このブログが15年目に入るという記事を書きましたが、そんなことをやっているうちに私はもう40代後半になりました。

共稼ぎの相方は年上の姉さん女房です。子どもはいないので、これからも夫婦2人で暮らしていくことになりそうです。世の中には子どもがいない夫婦はたくさんいるし(確か安倍総理大臣もそうだったような)、自然の成り行きでそうなったのであれば、それはそれでいいと思っていました。

ところが、ここ数年、自分のなかである思いがふつふつと湧き上がってくるのを感じています。



自分のDNAを残したい。

なんだそれ。DNAって何よ。「デオキシリボ核酸(DNA)とは生体の遺伝情報を保持している物質である」(実用日本語表現辞典より)とのことで、要するに私自身の設計図みたいなものと理解しています。

私が死んだら何も残りません。いや、そんなの誰だってそうなんですが、子どもがいる方は、自分のDNAを、子どもに一部引き継がせることができるわけです。

子どもに自分のDNAを引き継がせたからといって、多少自分に似ている(かもしれない)人がひとり増えるくらいで、子どもは子どもで別の人格を持つひとりの人間であり、DNAがどうであろうとべつに親の所有物でもないし、だから何だと言われればそれまでです。

子どもを育てている親御さんからすれば、自分のDNAがどうとか考える暇なんてないくらい、忙しくて大変な日々を過ごされていると思います。そんな言葉、刑事モノのドラマのなかくらいでしか聞くこともないでしょう。

だがしかし、だがしかしです。残せないとわかると、これがどうしようもなく、残したくなるのです。

人類の歴史、いや宇宙の歴史のなかでみれば、1ピクセルのドットにも満たない存在でしかない私の人生ですが、せっかく生きているからには、何かしら後世に残したい。自分のDNAを残したい。

そんな思いが自分の中に強烈に出てきたのが、たぶん、数年前からです。

もともと、20代後半から30代前半にかけて図書館の人生訓コーナーでとりつかれたように本を貪り読んだ頃から、自分にとって何が幸福なのか、どういうあり方が幸福なのかについては、ずっと考えてきました。そこはもう一定の答えが出ていて、その状態を目指して準備しながら生きてきました。

そろそろ人生の後半戦に突入し、今後どのような生き方をするのか、いよいよ実践段階に差しかかってきたなと感じます。

そこへ来ての前述のDNAを残したい強烈な思いです。

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自分のDNAを残したい。それは年齢的に無理だ。わかった。じゃあ、別の形でもいいから残したい。

ある時、DNAという生体の遺伝情報にこだわる必要もないことに気づきました。たとえば、ある企業の企業文化のことを「受け継がれているDNA」と言ったり、あるサッカーのクラブチームでは昔からの伝統的なプレースタイルのことを「クラブのDNA」と言ったりします。それは、時が流れて人が入れ替わっても、代々受け継がれてい残っていきます。

私の頭の中に伝えたいことがあって、それを私以外の誰かに伝えることができて、その誰かがまた誰かに伝えていってくれれば、それはもうDNAを残したようなものだ……などと強引な自己完結に現在は思い至っています。

手始めに「本」を書きたい。それも紙の本です。サーバーが飛んだら何もかも消えてなくなってしまうブログじゃだめだ。

私の頭の中の思いや考えを書き表した本。これがきちんと出版されれば、国立国会図書館に後世まで残ります。日本には「納本制度」という制度があり、出版社は国立国会図書館法に基づき、出版物を国会図書館に納本する義務を負っています。

国会図書館はこれを最適な環境に保たれた書庫で、可能な限り保存します。また、紙の本は劣化対応のためデジタル化されて保存されます。国立国会図書館の利用者はこれをデータ検索できるようになります。

よくわかる納本制度 |国立国会図書館―National Diet Library

納本された出版物は、現在と未来の多くの読者のために、日本の文化的資産として永く保存され、日本国民の知的活動の記録として後世に継承されます。

よくわかる納本制度 |国立国会図書館―National Diet Libraryより)


現在と!未来の!多くの読者のために! 日本の文化的資産として永く保存され、日本国民の知的活動の記録として後世に継承される。これだよ。これ。これなら私が消えてなくなっても、データはこの日本に半永久的に残ります。

私が書いた「お金は寝かせて増やしなさい」(フォレスト出版)や共著の「全面改訂 ほったらかし投資術」(朝日新聞出版)なども、国立国会図書館に納本され、後世に継承されるはずです。

何百年か後、未来の若者が古典資料として検索して、拙著を偶然見つけて読み、「こんな当たり前の内容がわざわざ本で売ってったのかw」「どんだけ金融知識がなかったんだよ昔の日本人w」「原始人乙www」と笑うかもしれません。だがそれでいい。それでいいんだ。

もしかしたら、「投資への不安はいつの世も変わらないものだな」としみじみとしてくれるかもしれません。それはそれでもっといい。


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妄想が広がりすぎて、自分でも引くレベルに達したので、ここでまた現在に話を戻します。

本は書いた。これからもチャンスがあればまた書きたい。幸いにも次々と書籍執筆・監修のお話をいただいています。今は時間がなくてお引き受けできず歯がゆいですが、会社員を辞めることができた際には、何とぞよろしくお願いします(ひたいを地面にこすりつけながら)。

本を書いたらあとはやることなしか? 否、そうではありません。

今は諸般の事情で顔出しできませんが、私は元来、人前で話をしたり、何かを教えたりすることが好きな人間です。

お金や投資について考えていることや、今まで経験してきたこと(成功談や失敗談)を、他の人に伝えたい。特に、未来がある若い方々に伝えたい。それで、なにかひとつでも覚えてもらい、若い方々の今後の人生の何某かのお役に立ちたい。

やりたい放題だった団塊世代がいよいよ高齢者の塊となり、日本は世界に先駆けて超・高齢化社会に突入しました。年金、健康保険も今までどおりというわけにはいかなくなるでしょう。国としてもできることはもちろんあるのでしょうが、今の若い世代の負担は、重くなることはあっても軽くなることはなかなか考えづらい状況になっています。

しかし、冒頭のDNAの話ではありませんが、若者は親とは別の人格をもったひとりの人間です。いくら親世代が大量にリタイアするからといって、子や孫の世代に親世代を支える負担を当然のようにかぶせてよいのでしょうか。

なにかと損な役回りを担わされる若者世代を、お金の知識・経験で、少しでも楽にしてあげたい。少しでも楽しい未来を見せてあげたい。

そんなことはFP(ファイナンシャル・プランナー)にでも任せておけばいいって?

違います。お金・投資の基本は、プロに頼まないと一般人は理解できないような難解なものではありません。逆に、本来は欧米のように家庭や学校で教わるようなものであるはずです。

戦後の日本は、国策も相まって個人の金融資産が預貯金に偏重しています。諸外国と比較するとその差は歴然です。株式や債券に関する知識が、親世代も含めて、あからさまに欠如しています。(もっとも、誰も教えていないから、普通にしていたら知識がないのは当たり前です)

家庭や学校で習うようなものを補うのに、なぜプロが必要なのか。会社に入社した新人がOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で先輩から教えてもらってその会社の仕事を覚えていくように、お金・投資の基礎は、投資経験がある先輩が教えてあげて、そっと背中を押してあげれば、多くの方が自分でできるようになるものだと考えています。


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多くの若い世代は自分が生きるのに精一杯で、とてもお金や投資のことまで頭が回っていないようです(当社比)。親世代も、「お金は汚いもの」「投資はギャンブル」という意識が根強く残っているでしょう。

ちょっと先輩である我々団塊ジュニア世代で投資経験がある人たちが、各所で若い世代に(ウザがられない程度に)教えてあげるのがよいと思います。我々も氷河期世代で、団塊世代とバブル世代から散々「とばっちり」を食らって煮え湯を飲まされてきた世代でもあるわけで。

おかげでたいして昇進もできず、給料もたかが知れていますが、幸いにも共働きでなんとかかんとかここまでやってきた結果、水瀬家はすこしだけ余裕がでてきました。

子育ての代わりにはなるはずもありませんが、これからは自分ができることとして、いずれ直接、面と向かって若い方々にお金・投資の知識と経験を伝えていきたい。そんな思いが強くなっています。

大きなお世話? たしかに。

だから、見たい人だけ見てくれればいい。他人の個人活動なんてそんなものでしょう。私が何から何まで知っているわけでもないし、できるわけでもありません。なにも、そっぽを向いてる人を無理やりこっちを向かせてまで見せたいとも思いませんし。

ただ、100年に一度と言われた大暴落のリーマンショックや、1000年に一度と言われた東日本大震災を乗り越えて、市場で生き残り、投資を継続してこれただけの知識と経験は得ています。そして、「伝えたい」という気持ちがやたら高まった状態にある。若い方々にはこのおっさんを「利用してやる」くらいに思っていただければいいです。

昨年から、いただく執筆や監修のご提案も、本業の仕事であっぷあっぷしている己の力不足からほとんどお断りするという身の程知らずの不遜な行いをしています。

でも、新米ママ・パパ向けWebメディア「たまひよ」の連載企画のお話をベネッセさんからいただいた時は、「これはやれ。四の五の言わずにやれ」と私の脳が身体に命令を出し、二つ返事で「やります」と返事をしていました。何かを伝えられたらいいなと思います。

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自分のDNA……とはすこし違う形ではありますが、今後は若い方々に何かを残せるように、また後世に継承できるようなものを残せるように活動したいと考えています。

いい歳こいて、死ぬほど恥ずかしいことを書いている自覚があります。え、飲んでないですよ。もうおっさんなので、毎週月曜日は「休肝日」としてお酒は飲まない日にしていますから。

駄文・長文失礼しました。


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Posted by水瀬ケンイチ